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キューバの基本情報

* 面 積
110,922平方キロメートル(本州の約半分)
* 人 口
1,124万人(2007年国家統計局)
* 首 都
ハバナ
* 民 族
ヨーロッパ系25%、混血50%、アフリカ系25%(推定)
* 言 語
スペイン語
* 宗 教
宗教は原則として自由

私たちが暮らす日本の地球のちょうど反対の位置にキューバ共和国がある。 この国は熱い。とにかく熱い。気温もさることながら、人の熱気や情熱もが熱いのである。カリブ海の楽園と称され、微かに浮かぶ南国の甘い海風が人の心を躍らせる。 灼熱の太陽の下、街を歩けば軽快な音楽が風に乗って聞こえてくる。古びられた廃退する建物からは、辺りを賑わす人々の話し声と笑い声と排気ガスを撒き散らしながら通りを駆け抜けるクラシックカー。そんなレトロで、どこかノスタルジックな街の形相にからは、人が逞しく生きている姿を忌憚なく見らつけられる。異国の情緒に翻弄されるように、一度この国を訪れた者は、不思議な魔力に取りつかれてしまう。気がつけば、キューバの虜になってしまっているのだ。
(「小さな国の大きな奇跡」より リンクhttp://www.wave-publishers.co.jp/np/isbn/9784872903508/ )

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キューバの町並み

現在、キューバの街並みは、まるでその存在自体が奇跡めいている。 首都ハバナは、スペイン様式を色濃く残す旧市街と、その西に広がる新市街とに分かれている。世界遺産にも登録されている旧市街オールドハバナには、バロック建築のカテドラルを中心に、16世紀以来のスペイン風の建物が残され、細い石畳の道が街の中心に広がっている。しかし、それら昔の豪華絢爛とした装いも虚しく、今はどの建築物も廃退し、街を灰色に色づけている。
その昔、スペイン人による植民地時代や米西戦争や独立戦争など激動の時代を経て、後の革命後、街の成長はその勢いを止めた。 1959年のフィデル・カストロによる政権樹立前までは、首都ハバナは、まるで現在のラスベガスを彷彿させるかのような煌びやかな歓楽地を演出していた。米国を中心に、外国資本が流れ込み、一部上層階級の富豪やマフィアが欲望を露に、こぞって賭博に娯楽に明け暮れる毎日に陶酔した。しかし、涸れることのないネオンの影には、多くの貧困層の暮らしが制圧されていた。 そんな影に光を注ごうと若き英雄たちが立ち上がった。その昔、無念にも葬られた勇士たちの思想を背負い、熱い理念によって政権を樹立させた男がいた。フィデル・カストロである。フィデル・カストロによる武装革命の末、煌々とハバナを灯したネオンとともに、富豪たちの皮肉な雄たけびも消滅した。 その後、激動の時代を歩みながら華やかだった街の様相は朽ち果てていった。今や老いて行くその姿は、まるで先進国で位置づけられるスラム街そのものだ。しかし、どんなに朽ち果てようとも、他の諸外国で顕在するスラム街の実態とは大きく違う。キューバという色褪せた街には、色濃く生きる人々の活気溢れる生気が満ち溢れているのだ。 キューバ人はとにかく明るい。しかし、単なる明るさだけではない。底抜けた陽気な性格の中には、賢明さと真面目さ、更には繊細さと強固なプライドが入り混じっている。そんな複雑な性質を忌憚なく見せ付ける純粋さに人は惹かれるのである。 キューバは長きに渡り社会主義政権を継続してきた。ここまで規律よく政権を継続させた国は、キューバをおいて世界でも他にない。そして、キューバの社会主義政権は、今も未来へ向けて進行し続けている。 現在、世界でもまれに見る社会主義政権、その樹立に至るまでには複雑な歴史が残されている。そして、積み重なった歴史の下には、多くの失われた魂が存在する。過酷な試練を乗り越えてきたキューバ国民の強靭な思想には、今も革命勇士の理念が受け継がれているのだ。

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